すき焼きはグルテンフリー? 割下・麩・生卵の話

すき焼きはグルテンフリー? 小麦と卵が入る場所

すき焼きは、薄切りの牛肉を、ねぎや豆腐と一緒に甘辛く煮る鍋です。鍋そのものは、肉と野菜と豆腐でできています。小麦と卵が入るのは、味つけと、脇役と、食べ方のほうです。
| どこ | 入るもの | 聞くこと |
|---|---|---|
| 割下(わりした) | 小麦(醤油の原料) | 小麦を使わない醤油で作れますか? |
| 麩(ふ) | 小麦(グルテンそのもの) | 麩を入れないでください |
| 〆のうどん | 小麦 | 〆はうどん以外にできますか? |
| つけだれの生卵 | 卵 | 卵なしでお願いします |
| 牛脂 | 牛の脂(乳製品ではない) | ― |
| ねぎ・豆腐・しらたき・春菊・しいたけ | 素材そのものには小麦・卵・乳なし。ただし割下で煮る | 割下の中身で判断 |
見落としやすいのが麩です。麩は、小麦粉を水で洗ってでんぷんを流し、残ったグルテンを焼いたり乾かしたりして作る食べものです。つまり、グルテンのかたまりです。そばの「つなぎ」と同じく、名前だけでは小麦だと分かりにくい食べものです。すき焼きの具として、ごく当たり前に入っています。
そして割下。醤油、みりん、砂糖、酒を合わせた煮汁で、すき焼きの味の芯です。日本の醤油のほとんどは大豆と小麦で造られるので、割下には小麦が入ります(日本の醤油はグルテンフリー?)。
照り焼きも、煮物も、だしの効いた和食の大半も、醤油の川の下流にある。
すき焼きも、この川の下流にある料理です。
肉を食べなかった国
すき焼きの歴史は、日本が長いあいだ肉を表向きには食べなかった、というところから始まります。
675年、天武天皇が、農耕の季節に牛・馬・犬・鶏・猿を食べることを禁じました。仏教の教えも重なり、獣の肉を食べることは、長いあいだ表立ってはしないものとされていきます。
それでも、人は肉を食べていました。江戸の町には「ももんじ屋」と呼ばれる獣肉の店があり、病後に体力をつける薬として、つまり「薬喰い」として肉を出していました。猪の肉は「山くじら」と呼ばれました。くじらは魚の仲間と考えられていたので、山にいるくじらなら食べてもいい、という理屈です。

「牛鍋食はねば開化不進奴」
流れが変わったのは明治です。明治4年12月(新暦では1872年1月)、明治天皇が牛肉を食べたことが広く知らされ、肉を食べることは、遅れた習慣から、新しい時代の印へと一気に意味を変えます。西洋の国々との会食で、西洋料理を食べる必要があったことも背景にありました。
町では、牛肉を鍋で煮る牛鍋が大流行します。仮名垣魯文が1871〜72年に出した『牛店雑談 安愚楽鍋(あぐらなべ)』には、「牛鍋食はねば開化不進奴(ひらけぬやつ)」という一節が出てきます。牛鍋を食べないやつは時代遅れだ、というわけです。東京の牛鍋屋は、1877年ごろには488軒に達したとされます。

いちばん上の挿絵も、同じ本からです。馬車が走り、店先には「牛乳」「乾酪(チーズ)」「乳油(バター)」の看板が並びます。牛肉と乳製品は、ほぼ同じころに日本の町へ入ってきました。今の日本で「乳」がアレルギーの大きな項目になっているのを思うと、たった150年ほどの話です。
関東の割下、関西の砂糖と醤油
すき焼きには、東西で2つの作り方があります。
- 関東風:醤油・みりん・砂糖・酒を合わせた割下で、肉と野菜を煮る。牛鍋の流れをくむ食べ方です。
- 関西風:熱した鉄鍋に牛脂をひいて肉を焼き、砂糖と醤油を直接かけて味をつける。
もともと関東では「牛鍋」、関西では「すき焼き」と呼ばれていました。名前の由来は、農具の鋤(すき)を鍋の代わりにして肉を焼いたから、という説がよく知られています。ただ百科事典では、この説はあたらないとされています。それでも、使い古しの鋤で焼く調理法そのものは、1832年の『鯨肉調味方』という本に出てきます。東京で牛鍋屋の看板が「すき焼き屋」に変わっていったのは、大正の中ごろ。すき焼き屋という名前が、高級な牛肉料理の店を指すようになってからのことです。
制限の目で見ると、どちらも醤油を使う点は同じです。関西風のほうが、醤油と砂糖を目の前でかけるので、小麦を使わない醤油に替えてもらう話はしやすいかもしれません。
家族のご馳走と、学生の一人鍋
今の日本でも、すき焼きは「特別な日」の料理です。誕生日、合格、昇進、久しぶりに家族が揃った夜。いいことがあると、食卓の真ん中にすき焼きの鍋が置かれます。寿司、焼肉、すき焼き。この3つは、多くの日本の家庭で、ハレの日のご飯の代表格です。
外食でも、すき焼きは高級な食事に分類されます。カジュアルな店はあまり多くなく、すき焼き屋の暖簾をくぐるのは、日本人にとっても少し背筋の伸びる体験です。
一方で、すき焼きには、もっと気取らない顔もあります。私は大学生のころ、一人用の小さな鍋に市販の割下を入れ、野菜と肉とうどんを最初から全部入れて煮て、溶き卵につけて食べる、というのを週に何度もやっていました。楽で、おいしくて、野菜も肉も一度にとれる。ご馳走の料理が、そのまま一人暮らしの定番にもなる。その振れ幅の広さも、すき焼きらしさだと思います。
すき焼きの名前は、海の向こうにも渡りました。坂本九が1961年に歌った「上を向いて歩こう」は、英語圏では「SUKIYAKI」という題で発売され、1963年6月、アメリカのビルボードで3週連続1位になります。歌詞にすき焼きは一度も出てきません。短くて覚えやすく、日本らしい言葉として、この料理の名前が選ばれたといわれています。
乳・卵・小麦なしのすき焼きは作れる?
作れます。すき焼きは、もともと乳製品をほとんど使わない料理なので、外すのは卵と小麦の2つです。
- 割下:小麦を使わない醤油(「小麦不使用」と表示されたもの)に、みりん・砂糖・酒を合わせる。本みりんは、もち米・米麹・焼酎などから造るものが多いですが、念のためラベルを確かめてください。
- 具:麩を外す。牛肉、ねぎ、焼き豆腐、しらたき、春菊、しいたけは、素材そのものには小麦・卵・乳が入っていません。
- 〆:うどんの代わりに、ごはんを入れて雑炊にする。
- 卵:つけずに、そのまま食べる。大根おろしでさっぱり食べる家庭もあります。
日本では、すき焼きを生卵にくぐらせて食べるのが普通です。日本で売られている生食用の卵の賞味期限は、生で食べられる期間として表示されています。卵のアレルギーがない旅行者にとっては、この「生卵」自体が驚きの体験になることも多いようです。
すき焼き店で食べるときに気をつけること
家で作るのと、店で頼むのとは、別の話です。
すき焼きの店では、割下を大量に作り置きしていることがほとんどです。小麦を使わない醤油を置いている店は、まだ多くありません。鍋は客ごとに別でも、同じ鍋で麩やうどんを煮ることもあります。高級店では、仲居さんが席で最初の一枚を焼いてくれることも多く、そのときの割下や箸がどこから来ているかまでは、外からは見えません。
原材料として小麦を避ければ足りる人なら、「割下を小麦不使用の醤油に替える」「麩とうどんを外す」の2つが通れば、食べられる可能性は十分あります。持参したグルテンフリーの醤油を使ってもらえるか、聞いてみる価値もあります。
交差接触(調理中の混入)まで避ける必要がある人は、割下を一から作り直してもらえるか、鍋が自分たち専用か、まで確かめてください。予約のときに伝えておくほうが、当日いきなり頼むより、店も準備ができます。伝え方は、日本の飲食店でアレルギーを伝える方法で詳しく書いています。
卵と牛肉のアレルギーについて

卵は、日本で容器包装された加工食品に表示が義務づけられている品目のひとつです。牛肉は、表示が推奨されている品目で、書かれていないこともあります。また、どちらも飲食店のメニューや、その場で詰める弁当・量り売りの惣菜には表示の義務がかかりません(アレルギー表示の義務はどこまで?)。
卵のアレルギーは、生の卵のほうが加熱した卵より症状が出やすいとされます。すき焼きの生卵は、加熱されないまま口に入ります。少量でも症状が出る人は、同じテーブルで溶いた卵が飛ぶことにも気をつけてください。
すき焼き店で使える日本語フレーズ
店の人にそのまま見せてください。予約のときに伝えられれば、なお良いです。
WE TABLEの考え方
私たちは、どの鍋にも「安全です」とは言いません。できるのは、その厨房が何をしているかを伝え、判断をあなたに委ねることです。割下を一から作り直してもらう、鍋を分けてもらう。そうした頼みごとを事前にすべて済ませ、当日はただ食卓を楽しめる夜を用意したい。それが、JOURNEYです。
よくある質問
すき焼きはグルテンフリーですか?
ふつうは違います。割下に使う醤油のほとんどは小麦を原料にしており、具の麩は小麦のグルテンそのもの、〆のうどんも小麦です。
すき焼きに乳製品は入っていますか?
伝統的なすき焼きには、基本的に乳製品を使いません。脂として使う牛脂は牛の脂で、乳製品ではありません。ただし店独自のアレンジもあるので、気になる場合は確かめてください。
卵なしでもすき焼きは食べられますか?
食べられます。生卵はつけだれで、料理そのものには入っていません。卵なしでそのまま食べる人もいます。
乳・卵・小麦なしのすき焼きは作れますか?
作れます。小麦を使わない醤油で割下を作り、麩とうどんを外し、卵なしで食べます。店で頼む場合は、鍋や割下を分けてもらえるかを確かめてください。
出典
- コトバンク「牛鍋」(世界大百科事典・精選版日本国語大辞典ほか)
- 季刊大林 No.59 原田信男「日本人と食、農業の歴史」
- Atlas Obscura「Why Eating Meat Was Banned in Japan for Centuries」
- nippon.com「びくにはし雪中:名所江戸百景」
- コトバンク「すき焼き」(日本大百科全書)
- 鶏卵公正取引協議会「鶏卵の表示で留意するポイント」(2020年)
- Just One Cookbook「Fu (Wheat Gluten)」
- 消費者庁「食物アレルギー表示に関する情報」
- Wikipedia「Sukiyaki (song)」
- 小林大樹『Gluten-Free Japan: Between the Kitchen and the Table』(近刊)



